週末は雑木林に囲まれて

八ケ岳に魅せられて、週末は八ヶ岳南麓で暮らしています。東京と行ったり来たりの暮らしの中で感じたことや考えたことを綴ります。

失う夢に希望をもらって今があるんだよ。

息子が今

就活で四苦八苦しています。

その姿を昔の自分に重ね合わせて

「大丈夫だ、もっといろいろあるだろうけど

自分を最後まで信じて欲しい」と思っています。

 

僕は小さい頃体が弱く

一学年8人しかいないような山の中の小学校にいて

家の周りには遊ぶ友達もいなくて、

妄想ばかりしていました。

いろんな夢を見ていました。

 

ファーブルのような

昆虫学者になりたいと思った時もありました。

お隣さんのような

日本一の熊撃ちになりたいと思ったこともありました。

バイオリンニストになりたいと思ったこともありました。

動物医になりたいと思った時もありました。

そうして小学3年の時3か月ほど入院した時、

医者になりたいと思いました。

元気な中学生になってバスケットボール部に入り

主将になった時、

将来バスケの選手になりたいと思いました。

一方で当時流行っていたフォークソングに感動し

かぐや姫のようなバンドを組むぞ、

と思った時もありました。

 

それらの夢は

桃太郎を守る雉やサルや犬のごとく

自分を守って勢いよく前進させてくれる

力強い味方でした。

 

でも歳をとるにつれて

その味方がバッタバッタと死んでいきます。

どんどん夢は死んでいって

気がついたら就活の前線にいる自分がいて

これまで描いた夢とは全然関係ない会社に入社しました。

 

会社員になってボコボコにされ

僕はかつての自分の大事な見方を殺したヤツが

憎くてたまらなくなりました。

 

そいつを見つけ出し

息の根を止めてやる!と。

 

仕事の合間を縫って

そいつを探し続けて

やっと見つけたそいつを見て

びっくりしました。

そいつは他でもない自分だったのです。

 

たくさんの夢を殺したのは自分でした。

仲間を殺した自分は

一人自分の足で前進するしかありませんでした。

 

そこで悟ったこと。

こころはボロボロでも

体がついていく限り

死にはせん。

だったら鎧を捨てて

素っ裸になってやろうじゃないか!と。

 

素っ裸になったつもりで

早40年近くなろうとしていますが、

今になって気がついたことがあります。

 

小さい頃に描いたたくさんの夢は

どんどん死んでいくべきもの。

でも、そのたくさんの死は

自分と向き合うチャンスをくれているということ。

 

最後はもう僕にはこれしかできない・・・

そう崖っぷちに立たされたのですが、

今でもその崖っぷち立ちつつ

この崖っぷちに追い込んでくれた

数々の死んでいった夢に

何となく感謝していること。

 

BUMP OF CHIKENのオーロラという曲の歌詞が

とてつもなくいいのです。

 

「もうきっと多分大丈夫、

どこが痛いかわかったからね」

 

失う夢に希望をもらって今があるんだよ。

 

落ち込んだり元気になったり

日々一喜一憂している息子に

そう言ってやりたいのですが、

面と向かって言えない自分がいて、

それはそれで情けないのですが・・・。

 

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今日から梅雨入りとのニュースを聞いて

ちょっとしんみりしたブログになってしまいました💦