週末は雑木林に囲まれて

八ケ岳に魅せられて、週末は八ヶ岳南麓で暮らしています。東京と行ったり来たりの暮らしの中で感じたことや考えたことを綴ります。

可愛い孫娘にメメントモリ

1泊2日で娘が1歳半の孫娘をつれて泊りに来ました。

八ヶ岳に行こうとしていたのですが

急遽予定変更で東京ステイ。

八ヶ岳といえども子供や孫たちのパワーには勝てません💦

 

孫娘はふらつきながらもスタコラと歩き回るが楽しく

あーとかうーとか言葉にはならないけれど

こっちがしゃべっていることは一部聞こえているようで

特に「おやつ」に反応していきなりうれしそうな奇声をあげます。

食べるのが大好き。

パンパンのお腹のどこにこれが入るのだろうというくらい

博多あまおうをほおばりました。

 

食べてるだけじゃダメだろう・・・ということで

今日はジジ(僕)ババ(妻)が新宿御苑の並木道に

散歩に連れて行きました。

 

犬とすれ違うと「わんわん」といって大喜び。

落ち葉を拾うとちぎって投げたり。

ベビーカーを自分で動かすといって聞かなかったり・・・。

冬の日差しを浴びながらぽかぽか散歩でしたが

たかが散歩で息を切らして楽しそう!

 

帰ってすぐに昼ご飯をすませると

孫娘は眠そうです。

早めのお昼寝と娘が孫を布団に連れて行って寝かせようとしたら

わんわん泣き始めました。

寝たくないよう~!

まだまだ起きていたいよう~!

そんな叫びに聞こえました。

でも相当疲れていたのでしょう。

10分もしないうちに深い呼吸の音が聞こえ始め

だんだん静かになっていき

最後の鳴き声がしたかと思うと

ばったりと眠りについていきました。

 

不謹慎ですが

僕はそこになんとなく死んでいく人の最後の姿が重なりました。

死とはなにかというと眠りにつくことと一緒だと思いました。

じゃあ眠りと死とは何が違うかというと

数時間するとまた起きだすのが眠りで

ずっと起きなくなってしまうのが死です。

 

眠りについてまた起きて

また眠りについてまた起きて・・・。

これを繰り返していったどこかのタイミングで

起きられなくなる瞬間が来る。

ただそれだけのことが死だと思うと

死ぬことって

苦しいとか悲しいとか

そんなことに心かきむしられなくていい次元にある。

そのことを

今近い将来やってくる死を目の前に

鬱で泣いてばかりいる90歳のひいばあ(僕の母)に

ひ孫からのメッセージとして送ってあげたいです。