週末は雑木林に囲まれて

八ケ岳に魅せられて、週末は八ヶ岳南麓で暮らしています。東京と行ったり来たりの暮らしの中で感じたことや考えたことを綴ります。

猫に思う。「安心」と「好奇心」の風船を膨らませよう

我が家の2匹の猫、

とらとこたは、

朝になると家の中をパトロールするのが日課です。

あちこちにある扉やドアの前に座って

ニャーニャー鳴くのですが、

ここを確認したいから開けろ!

と言っているのです。

開けるとタタタッと入って

匂いを嗅いで確認します。

 

何を確認するのか本当のことはわかりませんが、

多分自分のなわばりの

「安心」を確認しているのだと思います。

そしてそのなわばりの範囲の中で

起きる出来事に対しは、

ものすごい「好奇心」で寄ってきます。

 

今月末には4歳になるとらとこたですが

今が一番「安心」と「好奇心」が

旺盛のような気がします。

f:id:kogysma:20190717212816j:plain

 

(扉を開けるとすぐに入ってくるこた!)

 

「安心」と「好奇心」は

コインならぬ

風船の裏表のような関係にあると思います。

「安心」が膨らむと

「好奇心」も膨らむ。

「好奇心」が膨らむと

「安心」も膨らむ。

 

猫(野良猫)は自分が死ぬ姿を見せない、と言います。

事実、交通事故などは別にして

自然死している野良猫を見たことはありません。

人目から隠れるようにして

誰にも目にされることなく死んでいくのでしょう。

そんな猫の生き様、死に際の態度を、

潔く凛々しく英雄視する傾向にありますが、

猫が

「俺はかっこよく死ぬぜ!」

なんて思っているとは思えません。

 

なぜ誰にもわからないような場所を

死ぬ場所に選ぶかというと、

「安心」と「好奇心」という風船が

どんどん小さくなって、

つまり自分のなわばりがどんどん小さくなって、

命が尽きる最後になって

自分の手が届く「安心」と「好奇心」の範囲を見つけた結果、

その場所だった、ということなのではないかと思います。

 

結局、猫は安心して命をまっとうしているのだと思います。

 

このことは、人間にも当てはまるのではないでしょうか?

いや、人間も見らなうべき生き様ではないでしょうか?

 

最近歳を取ってきたせいか、

また身内の介護のことや

仕事仲間の訃報を聞くことが多くなったせいか、

僕は何故今になって八ヶ岳に山小屋を買ったんだろう?

僕の最後の場所はどこになるんだろう?

・・・

そんな事を考えてしまうのですが、

僕の人生の後半戦、

「安心」と「好奇心」の風船を

精一杯膨らませようとしているなわばりが

八ケ岳になったのではないかと思います。

 

東京での暮らしで

犠牲にしていた「安心」や

無理していた「好奇心」を

解放したいとずっと思っていて、

その結果が八ヶ岳の山小屋に至ったのだと思います。

 

さて、その風船がやがてしぼんで

力尽きる時、

その場所は果たして八ヶ岳なのだろうか?

と思うと、

正直よくわかりません。

八ケ岳であって欲しいな・・・と思う気持ちはありますが、

実際にそうなった時に

どう心変わりしているかは読めません。

 

ですので、

今はとにかく八ヶ岳の山小屋で

「安心」と「好奇心」の風船を膨らませて

精一杯”今”を楽しもうと思います。

 

週末はトイレの交換工事もあり、

妻と八ヶ岳へ。

台風も来ているし

どうやら雨模様の天気ですが、

それすらも楽しんで来ようと思います。

 

ちょっと暗い話にお付き合いさせてしまい

すみませんでした💦

 

ちゃんちゃん!