週末は雑木林に囲まれて

八ケ岳に魅せられて、週末は八ヶ岳南麓で暮らしています。東京と行ったり来たりの暮らしの中で感じたことや考えたことを綴ります。

軍手の思い出

レガシーを売ることのしたので

クルマの中を整理していたら

こんな軍手が出て来ました。

とても懐かしい軍手です。

 

これは僕が社会人になって初めてのクルマ、

フィアット131スーパーミラフィオリを買った時に、

ディーラーのJAXがサービスで付けてくれたものです。

 

バブル真っ盛りの頃で

大きな会社に入社した僕は、

天現寺にあるJAXを通り過ぎた時に

お店に置いてあった四角い白の131が

やたらかっこよく見えて

スペックもクルマの程度も知らずに

衝動買いしてしまいました。

スペイン製セアト131スーパーミラフィオーリ

フィアット・131 - Wikiwandより拝借しました)

 

確か1600cc程で80馬力ぐらいだったと思います。

ドアを開けるとチロチロリンと開いていることを知らせる

鈴のような音が可愛くて

無駄に開け閉めしていたことを思いだします。

 

走りはというと非力というわけでもなく

かといってパワフルとは思いませんでしたが、

ブーンブーンと音を立てて回るエンジンが心地よく、

僕はその屋根にウインドサーフィンを乗っけて

休日になると湘南や千葉の方に出かけました。

ちなみにウインドサーフィンは

ほとんど見栄でしかなかったです💦

 

ちょうどその頃

僕には付き合っていると言っていいのか

そう言ってしまった瞬間に終わってしまうか、

微妙な関係の彼女がいました。

グループで遊んでいたので

なかなか二人っきりになることがなく

もどかしい週末が続いたのですが、

ある時絶好のチャンスがやってきました。

二人で湘南に行くことになったのです。

 

もう前日からワクワクドキドキで

僕は会社を早退し

クルマを丹念に洗って

ランチの場所やドライブルートを何度も確認し

120%の状態で翌日に臨みました。

その甲斐あって翌日は見事に晴れ。

彼女を載せてブーンブーンと渋滞を抜けて

湘南まで向かい、

カレー屋さんかな?

海の見えるおしゃれなカフェでランチし

終始ご機嫌な彼女に僕もご機嫌で

いよいよ勝敗の時が近くなった帰り道、

夕暮れ迫る横浜新道でだんだん緊張感が増し始めた頃です。

 

横浜新道の料金所を出た時でした。

クルマのエンジンがダウンし

うんともすんとも動かなくなって

止まってしまったのです。

 

やばいよやばいよ~!

僕はダッシュボードからこの軍手を取り出して手にはめ

クルマを降りてボンネットを開けました。

といっても煙が出ていたり

オイルが漏れていない限り

エンジンルームなんぞを見ても何もわかるはずがありません。

もう単なる彼女へのポーズです。

何も知らないくせに見たようなふりをして

いろいろカチャカチャいじって

それなりに困った顔をして

本当は立ちすくすこと10分。

「ごめん、こりゃJAFを呼ばないとダメだわ」

と彼女に言いました。

「ええ~?でもしょうがないよ・・・」

と言ってくれた顔に微かな笑みを見つけた瞬間に

かろうじて生きた心地を感じながら

JAFが来るのを待ちました。

 

JAFの来るのがこれほど待ち遠しかったことは

多分もうないでしょう。

彼女とは何を話してよいかわからず

徐々に無口になっていく夕暮れの中で

僕はどんどん敗戦の気分に打ちのめされていきました。

 

夕闇が迫る頃

ようやくJAFがやってきました。

エンジンルームを開けるなり

「このクルマ普通と違うのでわからないよ。

いろんな部品が古くなってて手に負えないな・・・。

アイドリング状態になるとエンストするので、

ブレーキを左足で踏んで

ずっとアクセルを踏みっぱなしで帰ってください」

と言ってエンジンだけかけなおすと

とっとと帰ってしまいました。

 

それからは文字通り必死に運転を続けました。

助手席の彼女から何を言われようが

何と思われようが

とにかく無事に東京の自宅に送り届けることが僕の役目です。

ATとはいえ慣れない操作を続けながら

やがてそれに慣れる頃には

近くの駅に着いたので

このクルマから逃げて!とばかり

そこでさよならしました。

そのさよならが永遠のサヨナラのような気がして

カーステから流れるsneakerの

「I won’t hold you back」が

壊れたウーハーのようにビビリ音をたてながら

心に響いたのが

今でもよく覚えています。

 

I won't hold you back.

君をもう引き止められないんだね・・・。

 

やってくれるよ、さずが痛車(イタシャ)。

 

目を落とすと

取り繕うために使った軍手が

夏なのに手の形をしたまま後席に氷り付いていました。

 

それから40年経って出てきた

あの時の軍手。

それを眺め酸っぱい思い出を思い出しながら

ニヤニヤしていたら、

ワイン片手に通りすがりの妻がチラ見して

「あら、この軍手、

ゴミ箱・・・じゃなくて倉庫の中にずっとあったから

てっきり八ケ岳に持って行ったのかと思った。

捨てたんじゃないのね」

と言いました。

 

捨てられるわけがありません。

大事な内緒の思い出が詰まっていますから。

 

こんな気持ちを知る由もなく、

しかしどこかで垣間見ていたのかもしれません。

ソファにどっかりと腰をかけテレビをつけると、

あの時の彼女は、

「その軍手、せっかくだから次はアバルトに乗せたら?

どうせまた壊れるかもしれないし・・・」と、

思いついたようにぼそっと言いました。