週末は雑木林に囲まれて

八ケ岳に魅せられて、週末は八ヶ岳南麓で暮らしています。東京と行ったり来たりの暮らしの中で感じたことや考えたことを綴ります。

あの時の寂しそうな子を抱きしめようと思う。

その子は

街中から1時間ほど山に登った集落の

営林署が経営する長屋に住んでいました。

家の前には防火用水池があり

松林が茂っていました。

家の裏はいのししや蛇が巣くう

鬱蒼とした雑草地でした。

その雑草地に向かって縁側が伸びていました。

縁側の下では

雨がないことをいいことに

ウスバカゲロウの幼虫が

クレーターのように蟻地獄を作っていて、

その蟻地獄に蟻を入れて幼虫を捕まえたあと

縁側に腰を掛けて甘くもないスイカを齧って

口の中にたまった種をババっと雑草地に向かって吐き出し

その種が繁殖してスイカ畑になるのを

ほのかに想像している夏が

唯一の楽しみでした。

 

ほかには楽しいと思えることはありませんでした。

 

毎日家族が飲む牛乳を求めて

100メートルほど離れた酪農家のお隣に

一升瓶を抱えていくのが日課でしたが、

那須山麓からの吹きおろしが

ごうごうと音を立てて松林を揺らす神の仕業が

あまりに怖くて、

泣きながら、祈りながら、

牛乳を買いに行きました。

 

毎日家族が入る五右衛門風呂を沸かすために

薪を割りかまどにくべ火をつけて

安定するまでそこにいて

見張り番をするのが日課でしたが、

ある日学校から帰って風呂を沸かそうとしたら

その土場で愛犬のジョンが5匹の子犬を生んで

絶命していて、

5匹のうち4匹も絶命していて、

ウジだらけになった命ある一匹を救い上げて

バケツに水を汲んで

頑張れ!頑張れ!と体中のウジを落としている時、

なぜか1時間離れた街から美味しいに匂いが漂ってきて、

あまりに悲しくて空しくなりました。

 

夏のある日

いつものように家の前の用水池で魚釣りをしていたら

長屋のお隣に住んでいる小学校の校長先生が

そこで釣りしてはいけないだろう!

と大声で叫んで

石を投げてきました。

かすかによけた瞬間

石は顔をかすめていって当たらなかったのですが、

そのことを自慢げに母に話したら、

なんで怒らないの?

どこまであんたは遅れているの!!と怒られ、

もうこの場所から離れようと誓いました。

 

それからその子の消息は分からなくなりました。

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先週末僕は八ヶ岳の山麓をアバルトで走りました。

刈られるのを待つ黄金の稲穂が

雨露にうなだれ

その向こうに南アルプスが稜線を浮かび上がらせています。

その美しい景色に思わずクルマを止めて

写真を撮りながら椅子に座ってコーヒーを飲みました。

なんでこの景色が美しいんだろう?

なんて哲学チックに思いを馳せていたら、

懐かしくも切なく寂しい思いが

沸々と湧き上がってきて、

それと同時に気が付きました。

やばい!と思うぐらい焦りました。

 

家を出ようと誓ったその子が

実はまだ用水路の前で

釣り竿を垂らしていいのかどうかわからないまま

うつむいている姿が見えてしまったのです。

 

その子を早くここに呼ばないと。

細い腕をつかんで強引にここに連れてこないと。

そうして一体にならないと。

その子をどうして今まで放っておいたのだろう?

その子が戻った暁には

しっかりとこの胸に抱きしめて、

ごめんね!と謝ろう。

 

君は全然悪くない。

ここは今幸せな安全地帯だよ。